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「虹」第32号

カテゴリ:機関紙『虹』

虹32号

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秋の旅から

過ぎし秋の天気を特徴づけたのは太平洋高気圧が例年になく強力で、加えて日本付近の偏西風が平年より北寄りに流れたため北・東日本の気温が平年より高く推移したことである。この影響は十一月中旬に北海道付近を通過した低気圧の影響で猛烈な暴風雨となり建物の倒壊や土砂崩れが発生した。また台風30号の影響でフィリピンのレイテ島を中心に死者行方不明者約7500人を出し、建物の八割が崩壊したと報じられたが、十月に発生した奄美大島の土石流災害の記憶を一瞬忘れさせる強烈な出来事であった。

九月、親しかった高校時代の友人Y君に五十数年ぶりに会うために横浜に出かけることになった。この空白の期間は、それぞれに一生懸命に生きてきたという事だ、と思った。家内を一年少し前に亡くした私は埼玉在住の娘を杖代わりに同行した。JRの改札口に夫妻揃って私達を出迎えてくれた。案内されたホテルにはご長男が発注して用意された中華料理が供され、話題は子や孫のこと、そして私の家内のこと。「あれからどうした」ということ、であった。Y君は「心臓を取り出して冷蔵庫に預け、人工心臓を付けて血管を付け替えるという凄い手術を受けた。しかし今も生きているよ」と。食事の後は自宅へ案内され、「あれからどうした」の続きであった。過ぎ来し方の想い出は限りなかったがJR駅まで送ってもらい再会を約して別れた。

翌日、娘婿と高1の孫息子と共に霧ヶ峰高原のコロボックル・ヒュッテを訪れた。Y君と同じく高校同期で山岳部の猛者T君が昭和三十一年に小さな小屋を建て、後に現在のヒュッテとなっている。本誌『虹』28号にこのあたりのことを書いたが、私も山岳部の末席を汚していた。もう二十年は経っただろうか、書店で彼の著書『邂逅の山』を発見し読み、便りを発信したのが契機となって時折の文通となったが、Y君と同様T君とも互いに電話番号を知ってはいたが電話を掛け合うことはなかった。

家内の四十九日法要を過ぎた或る日、何故か発作的にヒュッテに電話をしたところ、奥さんから骨の癌で急逝した、と知らされた。今回の私の訪問は生前の家内との約束を果たすものであった。迎えてくれたTくんの奥さんと息子さんと私たちはT君のこと霧ヶ峰とコロボックルヒュッテのことなどを語り、私も往時を偲びそれぞれの生き様を自賛しようと思った。前日横浜で「泊まって行けよ」と勧めるY君に「明日は霧ヶ峰だ」と言ったところ「コロボックル・ヒュッテだろ」と言い「子供の頃T君は隣村の大将で、俺は俺の村の大将で、よく喧嘩したよ」と付け加えた。そう言えばY君は体は小さいが格闘技が好きだから喧嘩の大将、「大学に入って柔道部を創ったよ」と言い、しかし私はT君は六尺はある偉丈夫であったので、「子供の大将戦はどうだった」と質問するのを躊躇った。

この二つの旅路の後、十月七日から二泊三日で地震と原発事故の被災地、福島を北海道生協虹友会の有志六名一行の一人として沢山の見聞をする事が出来たが――使用済み核燃料も寿命となった原発も除染汚染土壌の最終処分先もない状態にありながら再稼働を目指すなど正気の沙汰ではないことにあらためて確信を持った。

昨年の臨時国会で国民の知る権利など基本的人権を奪う特定秘密保護法を、数を頼んで成立させた。武器輸出三原則の大幅な変更や日米防衛協力指針による自衛隊の攻撃力強化を目論んでいるが、これらは平和主義を掲げる憲法を蹂躙するものである。

政府は特定秘密法に加えて共謀罪の創設を検討していると報じられているが、これらは権力を持つ側の恣意的な運用に陥り、治安維持法時代の闇の世界の暴力行為が現実味を帯びてくるものである。集団的自衛権により他国から直接攻撃されなくとも同盟国が戦争すれば日本も戦争する国に変えようと狙っている先は平和憲法からの転換である。この動きに反対するのは国民の一人としても、「よりよい生活」を目指す生協人としても当然の願いである。

哲学者エマヌエル・カントは『永遠平和のために』(1795年)に次のように言っている。――「行動派を自称する政治家は、過ちを犯して国民を絶望の淵に追いやっても責任は転嫁する。対外戦争のために国債を発行してはならない。借款によって戦争を起こす気安さ、また権力者に生来備わった戦争好き、この二つが結びつくとき、永遠の平和にとって最大の障害となる」――現在のわが国の状況を予言しているように読み取れるではないか!

大雪に 鳥も籠もりて 声もなく

(文)理事長 河原克美