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「虹」第24号

カテゴリ:機関紙『虹』

虹24号

  • 新春に思う -妖怪の連想-[理事長 河原克美]
  • 誌上セミナー 回想法で笑顔の老後(4)[日本回想療法学会会長 小林幹兒]
  • 特集 平成二十四年秋、三番目のホーム「イリス南郷通」を開設いたします -今までの「高齢者の住まい」とは違う、『サービス付き高齢者向け住宅』とは
  • シリーズ 生涯現役(5)[理事長 河原さん]
  • 〈その他〉イベントレポート

新春に思う -妖怪の連想-

  四季は地球の回転軸が垂直ではなく傾いていることに由来する天文学的季節区分によるもので、暦の上での冬は11月8日〈立冬〉から2月4日〈立春〉の前日までとなっているが、実際の季節感では到底これを受け容れられないわけで、気象学者や歳時記など季節事象の研究者による「実際の季節区分」が検討されて来た。

  俳人で農業気象学の研究者であった佐々木丁冬(末雄)さんの『蝦夷歳時記』(第五集’76)によると札幌では「入冬点」が11月9日、極冬点が1月1日、冬の最後が終わっての入春点が2月6日としている。また『気象のはなし』(光田寧編著’88)では「毎日の気団の種類や天気図型(気圧配置型)を長期間調べ、月日別の出現頻度の年変化をもとに季節区分をする方法」で行った結果11月26日から12月26日までが初冬、続く1月30日までが中冬で更に3月1日までが晩冬となり、冬という季節は11月26日から3月1日までの期間に区分している。

  季節というものは、この日から冬になりこの日で終わるという実感は乏しく、人びとは冬の気配が次第に弱まり春の気配が反比例して次第に強くなって行くもの、つまり「移ろう」もので「春らしくなって来たね」とか「そろそろ冬の気配だね」と情緒のある表現で生活している。

  新年は除夜の午前0時からであるが元日の日の出を拝んで新年にそれぞれの思いを託すという習わしがある。初日の出を山に登り見る人、海辺に立って見る人、山や海への信仰があってもなくても、このような非日常的な体験のうちにあらたまった感慨を抱いて新年を自覚する。初日の出に限ったことではないが特に高山での日の出を「御来光」と崇めていうが、仏教の信仰から「御来迎」ともいって高山の山頂で見られる自然現象を阿弥陀如来が光を負って迎えに現れたと見たてて言うようになっている。

  この現象は山頂で太陽を背にして立つ人の影が前方の雲霧に映るときその影のまわりに七色の輪が見える光学的現象のことであるが、ブロッケン現象というのと同じである。これはドイツのハルン山脈のブロッケン山でしばしば見られるからで、映る姿形を妖怪になぞらえて「ブロッケンの妖怪」と言っているがもともと古来ドイツの民間伝承に現れていたものがゲーテの『ファウスト』に記されて有名になったとのことである。

  日本では仏様、ドイツでは妖怪。長い人間の歴史の所産である精神的風土が日本とドイツと同じはずはない。ドイツ人は同じ現象を仏という日本人を馬鹿げているとは言わないし日本人は妖怪だというドイツ人を非難したりはしない。現世に阿弥陀仏や妖怪は実在しないと思ってのことである。

  ところで現世に妖怪は存在しないだろうか。水木しげるさんの妖怪は例外として、「妖怪」は時に人間の魂を抜き取ったり時には生命の危機に及ぶような悪さをする。人類の生命が危機に陥る可能性に目をつぶった「安全神話」、妖怪すら制御しきれない放射性物質の被害を回復する手立てを持たない現実をどうするのか。脱原発に向かう素振りで原発を輸出するとはどういうことか。原発復旧にメドがついたという首相の言葉への不信、批判をどう受け止めているか。「社会保障と税の一体改革」で基礎年金国庫負担を消費税で恒久的に行う構想は消費税率は上昇し続けるということではないか。財源探しに苦労しているが、引き下げてきた法人税率や大企業の税負担を軽減する「租税特別措置」に財源を求めず、国民負担の社会保障への偏りは「よりよい生活」を希求する立場から見逃すわけにはいかない妖怪の仕業である。

  著名な言語学者(マサチューセッツ工科大学名誉教授)ノーム・チョムスキーはアメリカの状況を次のように言っている。【民主主義の現状は】政治指導者は民衆を「何が自分たちの利益か判断できないほどのバカ」と見なしている。政治指導者は民主主義を「財力も権力もあるエリートのための都合のいい便益」ととらえている。【政治とは】選挙や民主主義とは関係ないものだ。お金持ちの投資家連中が互いに国(や地球や宇宙までも)の支配権を手に入れようと競い合う中で、そうした利害を調整する手続きにほかならない。【メディアとは】マス・メディアは大衆宣撫産業と大差ない。究極的には財力や権力を持つ者たちを支える道具になっている。(『チョムスキー』’04D・コクズウェル著/佐藤雅彦訳)。

  これはアメリカだけのことだろうか。

吹雪来て 馬橇の頃を なつかしみ (愚作を一句)

(文)理事長 河原克美