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「虹」第12号

カテゴリ:機関紙『虹』

虹12号

  • 新年に思う -どうにもしょうがないこと-[理事長 河原克美]
  • シリーズ 失語症について(2)[言語聴覚士 高橋育子]
  • 生涯現役=女性は美しく、男性はダンディに「イリス北8条」に願う[専務理事 小松徹人]

新年に思う -どうにもしょうがないこと-

  冬という季節は暦の上では11月7日=立冬、22日=小雪、12月7日=大雪、22日=冬至と節季が続いて、年が改まっての2月3日=節分で終わるが、これでは11月7日から2月3日までが冬、ということで到底承伏しかねるわけである。『気象のはなし』(光田寧)に「気象の季節と生物の季節」というのがあって、毎日の気団の種類や気圧配置図型を長期間調べ、日別の出現頻度をもとにして季節区分をすると、11月26日から3月1日までが冬に区分されるとなっていて科学的だから納得させられてしまうが、そもそも四季は移ろうもので断続するものではないので科学的に区分する意図が不可解といえば不可解である。

  また新しい年を迎えた。秋が暖かく、札幌では初雪が例年の1週間おくれで、ようやく冬の気を感じたと思ったらすぐ融け、また少し降っては融けて5年ぶりにホワイト・クリスマスにはならず、12月26日からの降雪でようやく雪の中の越年保障された。

  年の変わり目の前後、つまり年末年始の期間は気ぜわしかったり改まったり、さまざまな思いが巡ったり、それぞれに普段と違うところがあって、昔も今も非日常的な感慨を覚える。

札幌の 時計台こそ古びたれ されども年は 新しきかな (小熊秀雄)

  この冬は暖冬で推移しているが異常気象がいつ、どのような形で現れるか定かではない。いつの冬でも、「ひと冬に降る雪の量は同じ」とよく言われるが、1月、2月と、どうなるだろう。短時日にドカッと来る雪を「ドカ雪」とは言い得て妙である。大量の重量物に不意を突かれて驚く様子が目に見えるようで面白いが、除雪という重労働にみんな往生してしまう。

  この「往生」ということばは、もとは佛教の方のことばで「極楽浄土に往って生れる」ことであるが世俗には「参ってしまう」「手がつけられない」「どうにもしょうがない」「死ぬこと」の意味で用いられている。現に起きている「どうにもしょうがない」ことが去年から続いていていつどのように収束するのか見えて来ない。100年に1度といわれている世界的な金融危機・不況問題である。日本では社会保障の諸問題に重ねられた大問題であり、企業の倒産や縮小生産、大量の労働者解雇、雇用打切り、あげくの果に3年後消費税率引上げが公言されたのである。

  「国家は所有物でも財産でもない。国家は一つの人間社会であって、みずからで支配し、みずからで運営する。みずからが幹であり、みずからの根を持っている」と有名な哲学者エマヌエル・カント(1724-1804)は『永遠平和のために』に書いている。国家の支配や運営はその国みずからが行うもので他の国が行うものではない。だから人間社会を構成する国民の主権が保障されている日本では国の支配や運営を決めるのは国民の判断にかかっている。-ということである。カント大先生に「どうにもしょうがない、といって往生してはならない」と言われているような気がする。

水源地  星降る冴えに  音も無し (愚作を一句)

(文)理事長 河原克美