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「虹」第7号

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虹7号

  • 春の日の感慨 -「土の匂い」を思う-[理事長 河原克美]
  • スタッフ紹介
  • 誌上見学会~居室篇~

春の日の感慨 -「土の匂い」を思う-

  春という季節はいつから始まりいつ終わるのかと問われても誰もが返答に迷うに違いない。陰暦では立春の日から立夏の前日までということになっているが今年だと2月4日から5月5日までが春となってしまい納得できるものではないが、さりとて気象学の上でも確たる決まりもなく大体3・4・5の3ヵ月を漠然と指しているように思える。今年はこの地球全体が暖冬で日本も例外ではなく、札幌でも最低気温が-11℃になった2月24日までは-10℃に達した日は一度もなく、畑や庭などの自然積雪が緩んで沈んで行く様子が目に見えるようであった。この調子だと3月中には根雪も融けて路地があらわれて来そうな気配である。

  「イリスもとまち」が建っているところは以前は玉葱畑で、この辺り一帯は畑が広がっていて、宅地化が進んだとはいえまだ畑が残っているので雪解けを待ちわびるかのように春耕が始まる日もそう遠くはない。

雪割って 呼べば溢るる 地の息吹 (福島豊月)

  もう半世紀も昔のこと「土壌学」というのを受講し単位を頂戴したことがある。土の臭気についての教示は記憶にないが「土のにおい」が文字になるときに「土の臭い」で「土の匂い」であることは少ないように思う。「土臭さ」とか「泥臭い」というのは芳しい感じでなく土にとっては気の毒としか言いようがない。

  土の主成分は鉱物でこれは元来匂わないものであるが土に含まれる植物や虫などの動物といった有機物が腐敗分解して多量の炭酸ガスと少量のアンモニアと極く微量の亜硫酸ガスを発生させ炭酸ガス以外が臭気源となっているわけである。この種の臭いは濃厚だと強烈な悪臭だが極く微量だとかえって人間の嗅覚に快感を与えることは香水などを研究する芳香化学が証明済みで、真夏の土は不快臭だが早春や晩秋の土は心地よい「土のにおい」がして、この場合は「土の匂い」と書いて納得するわけであり詩歌や俳句の世界で使われる優しさのただよう表現である。

  現代では「かおり」というと好ましい場合で「におい」というと悪印象の表現に使われることが多いが、『源氏物語』に「にほふの宮」「かをりの君」のように良し悪しの区別なく用いられているので

紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆえに われ恋めやも (『万葉集巻一』天武天皇)

というようにうたわれ「かほり」より遥かに多く「にほい」が使われたと『古今歌ことば辞典』が教えてくれる。

  最近も国政レベルでは悪臭ぷんぷんである。政治とカネの問題、更に「子供を生む機械」「子供を二人以上望むのが健全」と言った大臣は本性を露呈したと国会でも問題になり世論の批判を浴びた。言った当人は「譬えがまずかった」とか、この譬えで国民に理解を求める「方便」であったと言い訳をしたわけである。『仏教語散策』(中村元)によれば――「方便」という語はサンスクリット語のウパーヤを漢語訳したもので「目的に到達するための道すじ」であり普通は「方法」「手段」の意味で用いられる。仏教の術語としては「たくみなはかりごとを設けること」「たくみになされた手段」で仏教の教化方法がまさにこれであった。釈尊は教えを説くとき、相手の能力に応じて法を説いた――とあり、前半の「普通は方法、手段の意味」であろうと後半の「仏教の術語として」であろうと女性を侮辱し国民を馬鹿にした発言であり、大臣に登用した首相の責任も問われたが、この人を国政の舞台に送り出した有権者の見識が問われていることを見過ごしてはならない。

――花の香りは風に逆らって進んでは行かない。栴檀も高菜もジャスミンもみんなそうである。しかし徳のある人の香りは風に逆らっても進んでいく――『ブッダの言葉』(中村元)

  風に逆らっても進んで行く香りは望むべくもないが、せめて栴檀や高菜の花の香になることが出来ればと、春の日の感慨である。

三月の 散歩ざくざく ざらめ踏む (愚作を一句)

(文)理事長 河原克美