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「虹」第5号

カテゴリ:機関紙『虹』

虹5号

  • 夏に思う -繰言をやめてイリスを咲かせよう-[理事長 河原克美]
  • スタッフ紹介

夏に思う -繰言をやめてイリスを咲かせよう-

  北海道の6月から7月への夏の前半は例年になく冴えない時季となった。沖縄では早々と梅雨明け宣言が出されたが、その後梅雨前線の停滞が続き、そこへ九州から大陸方面へ抜けていく台風が連続してやって来たので、西日本は豪雨に見舞われ、北海道は空梅雨とはいえ湿度が高く、カラッと晴れた日が続かず7月後半に入った今もいつもの夏の感じにはなっていない。

  『札幌の樹々』(さっぽろ文庫38)に札幌の樹の花暦というのがあって「年度・場所・固体により多少の差はあるが市の中心部のおおよその盛花日を示した」もので、毎月上・中・下旬に仕切って樹木名が書かれている。7月上旬――ハシドイ、ノバタ、ハマナス、ツルマサキ。中旬――クリ、アメリカキササゲ、シンジュといった調子に、である。

  この原稿のことが頭の中を行ったり来たりしていたある日、ふと入った書店で目にした『日本の花』(筑摩書房)を手にして、園芸研究家として知られる著者の記述に対して一文を呈すべきだと思い立った。ちょうど7年前ある法人の機関誌に次のような文章を寄せた。

――ハマナスは海浜に昨夏の花である。6月から10月までと開花期は長いが、どちらかというと夏の花で、秋は花より実が主題になってくる。このハマナスのことだがハマナスかハマナシかと二つの意見があり、しばしば論争の種になっている。植物学者牧野富太郎博士が「浜梨の意味で浜茄子ではない。浜梨は食べられる丸い果実を梨になぞらえたもので、しかも海浜生であるからである。ハマナスは東北地方の人がシをスと発音するために生じた誤称である」と主張(『牧野植物図鑑』)されたのが論争の発端ではないかと思う――

――もしかするとハマナシかも知れない、いや、矢張りハマナスに違いない、と思いあぐねている折、花卉・造園学を専攻した友人M君から『木の名の由来』(深沢正・小林義雄)によると、古い文献『大和本草批正』や『滑稽雑談』に、その実を初生もしくは小型のナスに見たてたものでハマナス、と記録されているとか、或いは『農業全書』(1697年)には、なすには丸いのや長いのや小さいのや大きいのや、いろいろあって、その一つがハマナスの実に似ているからハマナスといったという由来が示されていると、資料を添えて手紙が届いた。――

  そこでこの夏のうちに決着をつけようと決心して聞き取り調査をすることにした。

――泰斗牧野先生が東北の人の発言でナシがナスになったというのだから、この植物が自生している地方でその土地の人が何と呼んでいるか特に重要なのは東北訛りのない地方でハマナシと呼んでいることがあるかどうかが決め手になると思った。『牧野図鑑』に日本海側は「鳥取以北の海浜に生える」とあるので、まず東北を除く鳥取以北各県の主要都市の役所の観光担当部署に電話で問い合わせてみると、いずれもハマナスといいハマナシと言うことはないということであった。富山では県立植物園の専門家につないで下さって、その専門家はハマナスと言いハマナシは聞いたこともないが、私は他見の人間だからと、この植物がたくさん自生する土地の人に問い合わせた結果のお知らせもあったが、こちらも例外ではなかった。――

――東北6県はどうだろうと同じように問い合わせてみた。いずれもその植物はハマナスであってハマナシではないとのことであったが、青森では「津軽地方ではスとシがあいまいに発音されてハマナシと聞き取られることがあるのではないか」とさえ教えられ、仙台でも発音上のことで青森と同じように教えられた。――

  以上が7年前の拙文である。この『日本の花』では更に「北海道でも同様である。森重久弥が歌い一躍有名になった『知床旅情』の歌。ここではハマナシはハマナスと歌われている。ハマナスが認知されてしまったのも、この歌の影響が大きいと思う」というのである。

砂浜に 赤く咲きたるハマナスの 花にも似たり ウタリが娘 ――バチェラー・八重子

  昭和6年、歌集『若き同族に』の中の一首。アイヌ出身でバチェラー博士夫妻の養女として育った才媛の歌である。

浜茄子紅き磯辺にも 鈴蘭香る谷間にも 愛奴の姿薄れゆく 蝦夷の昔を懐ふかな

  大正9年北大桜星会歌「瓔珞みがく」(佐藤一雄作歌)の一節である。

  北海道に住んで55年、ハマナシかは膾かを論ずる時以来未だかつて「ハマナシ」という音でこの植物が語られることを聞いたことがない。

  私たちの生協の最初の事業「イリスもとまち」開設準備も大詰めの段階である。これから先この植物の名をめぐり時間を費やすこともできない。著名で影響力のある『日本の花』著者先生に私見を伝える書簡を一通したためて終わることにしよう。

  いまや本紙前号に寄せられた高畑滋さんの一文にある「有料老人ホーム“イリスもとまち”は、砂嵐に耐えて健気に咲く砂漠のイリスを思わせます。福祉サバクの日本にあって、どうか健気に根付いて花を咲かせるよう祈っています」との期待と願いの実現に総力を尽くす時だと決意を新たにしている。

荒寥の 福祉砂漠のただ中に 健気に咲くは イリスなるらむ (愚作を一首)

(文)理事長 河原克美